彼女の事情

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オープンのお祝いの言葉と、私のコンテストでの入賞を祝う言葉を交換した後はうまく会話が続けられなかった。 いつもならもっとちゃんと話せるのに。 仕事という壁が無いとこんなにも面と向かって話せないのか私は。 あの、えっと……ばかり繰り返す私を八神さんは横目で捉え、「ははっ」とくすぐったそうに笑い、そして、 「いつもの目黒さんじゃないみたい」 そう言った。 「初めて会ったときも、そんな顔してた。不安そうで、任せて大丈夫かなって思ったよ、今だから言うけど」 何を思い出したのかふはははと高く笑うと少しだけ饒舌になる。 「それなのになぁ、まだ具体的に決まってないんだって俺が言った時のあの頼もしい感じに驚いてさぁ、好きなようにやってもいいんですかーって嬉しそうにデザイン画出してさぁ、」 「いきがってましたよね、私。思い出すと恥ずかしいです……」 「あ、やべ」 「え?」 「あ、いや。あの時に思ったんだよ、あ、やべって」 「どういう、意味……」 八神さんは目尻だけを下げて、「第三京浜乗りまーす」とはしゃいだ声を上げ、私の質問が中断した。
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