彼女の事情

11/11
前へ
/54ページ
次へ
中華街のあの門が見えてきた。 秋空に映える色鮮やかな門を前にして、八神さんがピタリと歩くのを止めて、人の流れから外れた。 私は慌てて八神さんの左横へ同じように並んだ。 「目黒さん」 「はい?」 湿気の無い風が吹いて、美味しそうなニオイを運んでくる場所で、 八神さんは、 「その、好きです!って真っ直ぐに伝えてくるところがさ」 「引きますか…?」 「いいや……むしろ」 「っ!!」 大きくて男らしい骨格をした手で私の右手をふわりと包んだ。 「あのさ、好きになってる」 「え………」 「好きだよ、もうとっくに……」 グッと引き寄せられ、耳元で囁かれた声は、低く、照れ隠しなのかちょっとだけ困ったような笑ったような、優しくて甘い声で。 初めて聞く八神さんのそんな声に、 私の涙腺は崩壊寸前で。 「や、やがっ………み、さっ…」 「だからー泣かせるつもりないんだってば」 そう言って笑って、 「こうしたらもっと泣いちゃうかな?」 じーっと私の顔を見つめたまま。 ゆっくりとゆっくりと。 繋いでいたその手の指を絡めてぎゅうっと握り、 「恋人になってくれますか?」 そう言って、ポロポロと涙を零す私を見て、眉を下げてまた笑った。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!

133人が本棚に入れています
本棚に追加