俺の事情と彼女の事情

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食後の運動を兼ねて、みなとみらいをふらふらと散策しているうちに、 秋の陽は早々に傾き、街ゆく人たちもどこか足早になっていく。 空は濃紺とオレンジが混ざり合い、立ち並ぶ高層ビルの窓に灯りが灯り出し、 恋人達を隠すように周囲は暗くなっていく。 他愛ない話でも、些細な仕草ことでも、今日の俺のアルバムは、彼女のことでいっぱいに埋まっていく。 「目黒さん」 「はい?」 もっともっと、君のことでいっぱいにしたいな。 「優花子」 「え?……」 「いいかな……いいよね?呼んでも……優花子って」 「は、い……あぁっ、でも、そうなるとですね。その、私も……呼んでいいんでしょうか?」 「ははっ。いいよ?呼んでください!」 「…………翔さん」 「声ちっちゃ!!」 「へへへ……」 「……しかし、なんだ、その、すげぇ照れるな」 「ですね……ふふ」 隣でくすぐったそうに笑う君に、 ありがとう、を。 人は『誰かを想う感情』無しじゃ生きてはいけないんだと教えてくれた君に、 大好きだよ、を。 そんな気持ちを、 言葉よりももっと伝わる方法を、 懸命に探して、 「優花子………?」 「はい?」 名前を呼んだ俺を見上げた顔を、街の灯りが仄かに照らし、 それを遮るように、 静かに唇を重ねた。 受け取ってください。 君の存在が、 俺の事情(ものがたり)を、 こんなにも素晴らしいものへと変えてくれた今日という日の記念に、 感謝のキスを………。 *完*
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