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. 手の中で愛おしむようにもてあそびながら、犬型の人形のおどけた顔をじっと見つめていた。 (こんなもんまだ持ってたの?) とかあの人に言われたこともあったけど、わたしにとっては“こんなもん”が宝物だった。 でも……今日でお別れ。 「さよなら……」 そっと呟いた言葉の意味も知らずに、人形は変わらずのおどけ顔。 あと3分で0時。 あと2分。 あと1分のところで、人形についた雪粒を払い、もう一度その顔を目に焼き付ける。 これを捨てることは、あの人との大切な過去を捨てるということになるだろう。 でも、それによって過去のあの人と再開できるなんて、なんて皮肉な伝説なのか。 いや、そんな非科学的なことがあるはずがない。わたしはただ、捨てるだけ。 あの人の温もりも、浮かれていたあの頃の自分も。 そう、これはお別れの儀式。 再会の儀式なんかじゃないんだ。 サヨウナラ…… サヨナラ、和希っ! わたしはそれを、崖下に思いきり投げ捨てた。 闇に消え行く中空で、一瞬だけ人形の大きな瞳がライトの光を照り返した。 .
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