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あれほど大切にしていた人形を呆気なく呑み込んだ闇は、落下音を返す素振りすらもなかった。
底知れない暗黒の遥か向こうで、夜景の光達もまた、無言で輝き続けていた。
世界の時間が再び動き出したみたいに、わたしは止めていた息を大きく吐く。
単に人形を失っただけではない喪失感が、束の間忘れていた寒気と一緒にジワジワ体に浸透してくる。
懐中電灯の光円の中には、どこを向けても舞い散る雪。
そして『恋人のモニュメント』が、惚けたような沈黙でわたしを見下ろしている。
もちろん、あの人の姿なんてどこにもなかった。
最初から、来るはずなんてなかった。
そんなのとっくにわかってたのに……何をわたしは今さら……
“終わった”という脱力感が、地球の重力を何倍にも増して、わたしの腰をベンチに崩した。
立ち上がる気力も、もうない。
そのまま茫然と座り込むわたしが、無意識のうちに浮かべていた笑み。
久しぶりに笑えた顔は、冷たく自分を嘲る笑みだ。
これでわたしは、何かに区切りをつけられたんだろうか?
そんな実感もどこにもなく、空虚さだけが心を支配している。
夜景の色とりどりの光が、焦点を失った視界で雑多に混じりあっている。
かつてここを訪れた後、自ら命を絶ってしまった女の子は、たぶん今のわたしと限りなく近い心境だったろう。
なんだかもう、何もかもがどうでもいい。
このままここで雪に埋もれて、消えてしまえばいい。
“遥香”──誰かがわたしを呼ぶ声は、あの世からのお誘いのよう。
“遥香”──ほら、呼んでいる。
きっと崖の闇の中から、わたしを手招きしている。
「おい遥香ってば!
遅れてごめん。道路渋滞しててさぁ」
「えっ!?」
弾かれたように振り向いたわたしに、
あの人は驚いて眼を丸くしていた。
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