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そこからどれくらいの時間かわからないけど、しばらく2人で夜景を眺めていた。
何をどうしたらいいかわからない複雑な心境は変わらないけど、少しずつ呼吸が落ち着いてもきていた。
こんな無言が気まずくならなくなったのは、いつからだったろうか。
この頃の彼ならまだ、今懸命に話題を探している頃なんだろう。
チラリと見た横顔の眼鏡には、夜景の光が映っており、
その光がぶれると同時に、彼は思い出したようにわたしを見る。
「あ、そう言えば金門橋の通りにパスタの専門店出来たの知ってる?
吉村達が行ったらしいけど、かなり美味しいらしいよ?」
「え、そうなんだ……」
「でも吉村が言うには、値段の割に量が少ないらしいけどね」
知ってるよ。
あなたはチーズ入りのミートソース。
わたしはほうれん草のクリームパスタを頼んだっけ。
地中海の港の絵が飾ってあったパスタ専門店は、今は別のお好み焼き屋さんに変わっている。
時は着実に、そして無情に流れている。
そんな摂理を思い出すまで、わたしは少なからず幸せを感じていた自分に気がついた。
何年か後のこの人は、わたしを捨てて他の女のところに行ってしまう──暖まりかけた心に、チクリと刺さった氷の刺。
それを悟られまいと笑ってみせたわたしは、我ながらなんて滑稽な生き物なんだろう。
とっくに壊れてしまったこの時間を、今はまだ壊したくない……
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