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ロータリーに停まっていた2台ばかりのタクシー、そのひとつにわたしは向かった。
自動で開いた後部のドアに、コートの雪を払いながら乗り込むと、
浅黒い顔の運転手が、白髪混じりの頭を少しだけ振り向かせてきた。
「お客さん、どこまで行きましょうか?」
わたしが用意していたメモを渡すと、彼は高揚のない声で「あぁ…」と一言呟き、そのままサイドブレーキを解除する。
道路の雪轍を踏み潰しながら、タクシーはゆっくりと発進していった。
僅かばかりの煤色のビルや、うらぶれた商店街、遊具の錆び付いた児童公園などが、重い白で抑圧されながら車窓を通りすぎていく。
駅前という体裁を辛うじて保った町並みの先には、農地ばかりのますます閑散とした景色が広がっていた。
そこは草木の緑色も空の青色もなく、本当に“無”を思わせる白だけの世界。
先程感じた音の欠乏がいよいよこの身に染み入ろうとしていた時、
短い低音域の“音”が、ふとわたしの耳に触れてきた。
「お客さん、あんたぁまだ若いし綺麗だ。出会いなんて、まだまだあるよ」
抑揚のない静かな声なのに、その言葉が鋭くわたしに刺さった。
「お客さん、恋人のモニュメントに行くんだろ?」
図星を突かれて息を呑み込んだわたしと、運転手の細い目がバックミラー越しに合う。
彼の目は笑いもせずに、言葉を続ける。
「そりゃあ、あのペンションは冬場に行ったところで何もない。スキー場にも遠いしね。
ましてや若い女性の一人旅となれば、それ以外の目的なんて思い付きませんね」
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