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『恋人のモニュメント』──ネット上で囁かれる噂は、いかにも子供騙しじみた都市伝説だった。
“その像のある崖から、深夜0時に心の離れてしまった恋人との思い出の品を投げ捨てると、24分間だけ、愛し合っていた頃の恋人がそこに現れる”
平常のわたしならば、即座に鼻で笑うようなガセメルヘンだろう。
それなのに、掲示板に書き込んであった幾つかの体験談に信憑性を感じてしまったのは、ひとえにわたしの心がすっかり病んでしまっていたから。
そんな自己分析の果てにも、とうとうこんな所まで足を運んでしまったのは、ただ辛かったからだ。
苦しくて、夜が来るのが怖くて、自分ではもう、どうしたらいいかわからなくなっていたから。
間もなく三十路に突入するといういい大人が、そんな絵空事にすがろうとしている姿は、さぞや惨めで、情けないものだろう。
けれどもバックミラーには、呆れも嘲りもしない運転手の眼差し。
「前にさ、あそこに行った後で自殺しちゃった子がいましてね。
おせっかいとは思うけど……いや、お客さんは大丈夫と思うけど」
この人は、わたし以外にも何人かの人を恋人のモニュメントまで運んでいる──そうわかったら身を乗り出さずにはいられないものもある。
聞くも愚かな質問でさえ、この人なら受け止めてくれそうにも思えた。
「あの、運転手さん……
その人達は本当に、愛し合っていた頃の恋人に会えたのでしょうか?」
「さぁね、そんなファンタジーな話、俺は信じられませんがね。
でもあそこは静かでいい所です。自分の気持ちを整理するにはうってつけ。
その過程で心に傷を負った人々は、かつての頃の恋人と向き合うんじゃないでしょうかね。
まぁ、これは俺の解釈ですけどね」
運転手の考察は、当然と言えるほど常識的でまともだった。
なんだかますます自分の馬鹿さ加減を痛感してしまい、胸が締め付けられる。
だいたいわたしは、あの頃のあの人に会って何がしたいんだろう?
未練がましい女が楽しかった頃の思い出にもう一度浸ったところで、
夢が覚めたら、いっそうの地獄が待っているはず。
運転手の言う“自殺しちゃった女の子”の心境も、痛いほどにわかる気がする。
わたしは、自分の気持ちさえ、何もかもがわからない馬鹿だ。
こんな馬鹿だから、あの人はわたしを離れ、別の女のところに行ってしまったんだ……
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