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丘の上のペンションは、二階建てとは言え、思ってたよりもこじんまりとした印象を受けた。
ベージュ色の木の壁と、鋭角的な屋根。屋根は雪に覆われてるものの、所々で橙色とわかる。
柵で囲われた庭には、家庭菜園程度の畑と花壇らしきものが、積雪の隆起でなんとなく認識できた。
玄関に続く道だけは丁寧に雪かきされており、不揃いな形の敷石が石畳として続いている。
ざっと周りを見回してみたけど、この付近にあるという『恋人のモニュメント』は、どこにも見当たらない。
けれどもここは、丘の上だけに見張らしも良く、もっと温かい季節に訪れたなら、さぞや気持ちのいい場所なんだろう。
そんな想像をした時でさえ心に痛みが走るなんて、わたしはもう、嬉しさや楽しさなんて許されない存在なのだろうか?
この場所の春を楽しむわたしの空想の隣には、当たり前の顔して微笑む、あの人の姿があるのだから。
マフラーに顔を埋め、コートに片手を突っ込んだ悲壮感丸出しの女が、キャリーケースをガタガタ言わせて石畳を行く。
ぶち当たった焦げ茶色の扉はアンティークな彫刻が施されており、その横に何かの花を象った呼び鈴らしきものがついている。
ここまで来て今さら引き返すわけにもいかないから、半ば義務感のようにそのボタンを押していた。
この建物の中でどんな音が鳴ったのかは、ここからじゃ聞こえない。
綺麗にまとめたヘアースタイルなんか、わたしには不要だとばかりに、雪を纏った冷たい風が髪を乱れさせていた。
やがて、白髪の山姥みたいな頭になっても、なお開かない扉に対し、わたしの手は自然とドアノブをまわしていた。
鍵は開いていた。
おそるおそる覗いて見ると、中には屋根と同じ色のカーペットが敷かれたロビー。
丸い木のテーブルが1つと、椅子が何脚か。左奥には二階へと続く階段がある。
そして、なんといってもこの空間を心地よく照らしていたのは、正面奥に設置された暖炉だろう。
赤々と燃える炎に吸い寄せらるように、わたしはロビーに上がり込んでいた。
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