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なぁお。 一段低くなった塀の上。古風な造りの塀に敷かれた瓦の上に悠々とひなたぼっこをしているぶちの巨漢(おおねこ)がいる。一言声をかければ、彼の金色の目がきょろりとこちらを向いた。 『おう、トウヤじゃねぇか。二日ぶりかい』 魚屋の大将にも負けない濁声(だみごえ)が、軽快に答える。髭をそよがせ、顎で隣に座るよう促した。トウヤは彼の傍へ足を投げ出して腰を下ろす。 『そうだね、最近外に出てなかったから』 『おう、あのにーちゃんに閉じ込められでもしたか』 くっくっと喉の奥で笑う猫は、その人相の悪さも相まって、どこかの裏組織を牛耳っていそうだ。 『違うって、ウメ。喧嘩して俺が指切っちゃってさ』 それほど血も出ていなかったというのに病院へ連れ出され、舐めときゃ治ると医者に呆れられたのに、包帯を巻こうとした。馬鹿らしい騒ぎだ。 そのせいか、病院から帰ったあとしばらく飼い主が常にそばにいて、トウヤが怪我をしないように見張る、という事態になった。 そう考えるとウメの言葉は言い得て妙である。これがその時のやつ、とウメに見せたが、眉間に皺をよせ鼻をひくつかせ、首を傾げた。彼の反応も当然だ。そんなもの、とっくの昔に消えている。 『お前んとこのにーちゃんは、相変わらずだねェ』 この前も、と話し出したのは、一月前の猫缶騒動だ。 濁声が歌舞伎のような前口上を述べ、彼の行動をなぞる。恥ずかしさに顔が熱くなったトウヤは、黒い毛皮に覆われていることに感謝した。
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