7 coffee

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 琉斗はそこまで言って口をつぐんだ。   眉間に皺を寄せて伊月さんが琉斗を睨む。 「……ゆうきくんが、なによ。何を言われたの」 「……ゆうきくんは参観日でお父さんと一緒に遊戯するって。でも僕にはお父さんいないから無理だねって」 「まさかあんた、それを言われたから突き飛ばしたんじゃないでしょうね」 「……だって……」  その瞬間、伊月さんの平手が琉斗の頬に飛んだ。  音からして手加減はしたようだが、伊月さんの表情はかなりの剣幕だった。 「そんなことで怪我させたの!? あんたから手を出したのね!?」 「そんなことじゃない! 僕だってお父さんに来てもらいたい!」 「あんたにお父さんはいないのよ! 今までだって、運動会もお祭りも発表会も、全部お母さんが行ってたでしょ!?」 「だってお父さんは死んでないんでしょ!? 死んでないのになんでいないんだよ!?」 「――……」 「おじいちゃんもおばあちゃんもお父さんもいない! 写真もない! なんでだよ!」 「いないったら、いないのよ! どうしようもないのよ! 困らせないでよ!」 「お母さんのバカ! バカ、バカ、バカ!!」  琉斗は声を上げて泣き出し、再び座布団に顔をうずめた。  さっきよりもひどく咳込む。  僕はおろおろするだけで何も声をかけられない。   伊月さんは叱ることも宥めることもせず、無言で立ち上がって裏口から出て行った。  僕は肩を揺らしてむせび泣く琉斗の背中をさすってやった。  片手で背中が覆えそうなほど小さい。  この小さな体で僕が予想もできない寂しさや悲壮に耐えているのだと思うとやりきれない。
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