3 coffee

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 それを聞いても、あの明るさと気の強さからそれだけの苦労が垣間見えない。  もし僕が彼女の置かれていた環境にいたとしたら、息子がいたとしても冷静でいられないだろうし、いっそ息子と心中するかもしれない。  それより母親が家出をした時点で荒れ狂っているだろう。  劇烈な状況を受け止めて且つあの気丈さを持つ彼女は、相当の精神力を持った強い人なんだなと、この時の僕は単純にそう思った。  マスターのピラフは特別な具材が入っているわけでも変わった調味料を使ったわけでもない普通の素朴なピラフなのだが、懐かしい味がする。  コンソメとバターの割合が絶妙だ。  マスターは僕のグラスに水を注ぎながら言う。 「火曜日、なにも予定がない時はお前もここで一緒に晩飯食え」 「いいの?」 「どうせ毎日たいしたもん食うとらんのじゃろ? わしにとって常磐も大事な甥じゃけんな。息子みたいなもんじゃで」 「俺には父親が二人もいて有難いね」  自分で言いながら皮肉な話である。  突然、風の音が耳に入った。  店中の窓がガタガタと揺れる。  マスターが席を立ち、カーテンを少しだけめくると、暗闇の中を木の葉が舞うのが見えた。  まるで唸り声のような奇妙な風の音が今夜も冷えることを知らせている。 「風邪引かんようにせぇよ」 「伯父さんも」  食後に淹れてもらったコーヒーは苦みも熱さも丁度いい、思わず声が出るほど美味かった。  酒じゃないけど、五臓六腑にじんわりと暖かさが沁み渡る。  マスターのコーヒーはどんな栄養ドリンクよりも効き目がある、そんな飲み物だ。
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