誰にも言わない

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 一人住まいのマンション。  あたりが暗いうちから目が覚めてしまい、ちょうど郵便受けに新聞が配達された音がした。 「はぁ、まだ寝てても良かったのに……」  なぜ目が覚めてしまったんだ、と自分に問い掛けながら、重い身体をベッドから運ぶ。  マンションとは名ばかりで、学生が暮らすような安アパートに毛が生えたような物件。広めのワンルームの中にベッドと気に入って買った硝子のテーブルが鎮座している。備え付けのクローゼットがある為、衣類以外に散らかるものはすべてその中に片付けられていた。  仕事に行って寝に帰るだけの部屋なので、あまり物欲のない蟻坂の部屋は整然としている。  朝刊を取ると一通のエアメールが床に落ちた。見慣れない横文字の消印に首を傾げる。 「へぇ、住所は日本語でも届くんだ」  エアメールと英語の赤い判子に似つかわしくない文字に心当たりがあった。 「ん、何でアイツの字なんだ?」  ペン習字の見本になりそうな綺麗な文字に驚いた。字ではなく、付き合ってる奴からの初めての手紙。それも日本に住んでいるのにエアメール……。  連絡が無いと思っていたら、遠くに行ってしまったんだ、と胸がピリっと傷んだ。  中には別れるという内容の文章が入っているかもしれない。  一週間前、イラついていたことを愚痴ったばかりに険悪な雰囲気になっていた。  蟻坂は自分から折れるつもりは無いと虚勢を張り、謝罪のメールに返事をしなかった。電話にも出なかった。  暫くして音の消えたスマホを何度も手に取り、連絡しようと試みたがプライドが許せず睨み合うばかりだった。  だから、そんな自分に呆れて手紙を送り付けてきたに違いないと思い込んだ。  手紙を拾い上げテーブルに置くと、ベッドに再び横になる。開ける勇気がない。  もう終わりなのかな……。
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