誰にも言わない

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「えっ?」  思わず声が漏れた。読んでいた便箋を目から溢れた水が濡らす。 「俺も馬鹿だけど、アイツも馬鹿だな……」  頬を流れ落ちる涙が視界を曇らす。手探りで封筒を掴みひっくり返して、手のひらに中のモノを落とす。 「大下、馬鹿じゃねぇの……くそっ」  目を擦って水物を拭うとそれを指先で摘まんだ。朝日に照らされてキラキラ光るプラチナの指輪だった。小さな石が二つ埋め込まれている。恐らく大下と蟻坂の誕生石だろうか。 「馬鹿とかいうなっ。結構大変だったんだから……」  もう聞けないかと思っていた声が耳に流れ込む。ぎゅっと背後から抱き締められて身動きが取れない。驚いて指輪を落としそうになる。 「いつの間に来たんだよ。不法侵入で訴えるぞ」  泣いた顔を見られないように振り向かず、不愛想に声を出す。大下の顔が首筋に触り、僅かな吐息が耳を擽る。その時、小さな声で「ごめん」と囁いた。 「俺もごめん……言い過ぎた。でも、やっぱり謝らない。許さない……」  頭に大きな手が回ってくると後ろを向かされた。啄んで包むような感触がじんわりと唇を温める。蟻坂は大人しくされるがままに、それを迎え入れた。少しずつ深くなる熱い抱擁に応えて向きを変え、強く抱き締め返す。しっかりと指輪を離さないように手中に握りしめて。  仲直りしたわけでもない気まずさが込み上げ、荒くなった呼吸を整える様に離れた。大下は額を合わせてじっと蟻坂の瞳を見つめている。 「どこ行ってたんだよ。それに、手紙じゃなくて……く、口で言ってくれっ」  だんだん小さくなる声に、ふっと笑いが聞こえる。 「笑うなっ。これでも一応素直に言ったつもり……んっ」  ちゅっと音を立てて下唇を吸われる。驚いて目を丸くした蟻坂をまじまじと見つめて、大下が悪戯に微笑んだ。その顔は、満足したような、それでいて今まで見せた事のない恥ずかしそうな表情にも見えた。  
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