第一章 「 うつろいゆくもの 」

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夕守市盛之環町(ゆうがみし もりのわちょう)は、歴史ある城下町と深い鎮守の森を 挟んで流れる河沿いに静かに発展してきた町だ。 夕守様という、夕方に自分の守る国を見回っていたという不思議な言い伝えの ある神を信仰していたのが名の由来である。 そんな大昔の伝説が残る市である。 城下町の通りひとつ奥に、四つ角が太く黒い柱で印象的な喫茶店があった。 壁は真っ白で腰壁にも黒い横木が意匠をこらしていて、遠くから見ると蔵のようにも 見える。 しかし蔵と違うところは、どっしりとした壁に黒い枠の窓がはめ込まれていることだった。 喫茶店の名前は ユウガミ。 ちりりん・・・ 「いらっしゃいませ。」 その声にお客が驚いたようにマスターの顔を見た。 「あ、ゆうさん、珍しいね? 俺挨拶されたの初めてかもな。」 マスターは拭いていたダスターを下に置くと、コップに水を注いでカウンターに置いた。 「いつもの。」 「はい。 昼休みかい?いつもより早いね、レイジ君。」 ドリップ用のお湯をゆっくり注ぎながら、カウンターと奥の座席を見るマスターに、 レイジが話しかけた。 「ゆうさん、今度はいつツーリングに行く?」 大下(おおした) レイジは32歳で、近くのバイク店の店長だ。 「そうだな、今の季節のお薦めがあれば。」 「うまいな~~~ ! お薦めが外れたら俺のせいかよ。 でもな、天気は変わりやすい時期だからねえ。 本当なら山!一択なんだけどな。」 「この間は雷が酷くて延期になったからね。」 自分もコーヒーを飲みながらレイジと話をするマスター。 マスターの名前は神楽川 夕(かぐらがわ ゆう)。 皆はゆうさんと気軽に呼びかけている。 奥にいるのは観光客らしく、喫茶店のレトロで分厚い銘木でできたカウンターや 黒い柱を活かした内装、蔵のような天井の梁を写真に撮っていた。 そこに、神社の巫女の恰好の女性が慌てて入ってきた。 観光客は喜んで、その女性に写真を撮ってもいいかと聞こうとしていたが 軽く髪を揺らしてマスターの方に進んできた巫女は、カウンターで声を殺して聞いた。 「ゆうさん、神主来なかった?」 「来てないよ?」 「本当に??隠してないよね?」 「どうしたの?」 「・・・・・・・・・・・・・なんでもないわよ? いないのね、じゃあいいわ。」
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