12人が本棚に入れています
本棚に追加
/83ページ
夕守市盛之環町(ゆうがみし もりのわちょう)は、歴史ある城下町と深い鎮守の森を
挟んで流れる河沿いに静かに発展してきた町だ。
夕守様という、夕方に自分の守る国を見回っていたという不思議な言い伝えの
ある神を信仰していたのが名の由来である。
そんな大昔の伝説が残る市である。
城下町の通りひとつ奥に、四つ角が太く黒い柱で印象的な喫茶店があった。
壁は真っ白で腰壁にも黒い横木が意匠をこらしていて、遠くから見ると蔵のようにも
見える。
しかし蔵と違うところは、どっしりとした壁に黒い枠の窓がはめ込まれていることだった。
喫茶店の名前は ユウガミ。
ちりりん・・・
「いらっしゃいませ。」
その声にお客が驚いたようにマスターの顔を見た。
「あ、ゆうさん、珍しいね?
俺挨拶されたの初めてかもな。」
マスターは拭いていたダスターを下に置くと、コップに水を注いでカウンターに置いた。
「いつもの。」
「はい。
昼休みかい?いつもより早いね、レイジ君。」
ドリップ用のお湯をゆっくり注ぎながら、カウンターと奥の座席を見るマスターに、
レイジが話しかけた。
「ゆうさん、今度はいつツーリングに行く?」
大下(おおした) レイジは32歳で、近くのバイク店の店長だ。
「そうだな、今の季節のお薦めがあれば。」
「うまいな~~~ ! お薦めが外れたら俺のせいかよ。
でもな、天気は変わりやすい時期だからねえ。
本当なら山!一択なんだけどな。」
「この間は雷が酷くて延期になったからね。」
自分もコーヒーを飲みながらレイジと話をするマスター。
マスターの名前は神楽川 夕(かぐらがわ ゆう)。
皆はゆうさんと気軽に呼びかけている。
奥にいるのは観光客らしく、喫茶店のレトロで分厚い銘木でできたカウンターや
黒い柱を活かした内装、蔵のような天井の梁を写真に撮っていた。
そこに、神社の巫女の恰好の女性が慌てて入ってきた。
観光客は喜んで、その女性に写真を撮ってもいいかと聞こうとしていたが
軽く髪を揺らしてマスターの方に進んできた巫女は、カウンターで声を殺して聞いた。
「ゆうさん、神主来なかった?」
「来てないよ?」
「本当に??隠してないよね?」
「どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・なんでもないわよ?
いないのね、じゃあいいわ。」
最初のコメントを投稿しよう!