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このは図書館で見つけた『新日本古典文学大系』は、表紙は無地で、背表紙にだけ題が書いてあった。二葉亭四迷に関するものらしい。臙脂色のその本を抱えてツリーハウスに戻ろうとしたが、時計を見るともう十二時だった。そこで僕は適当なパスタやさんに入り、昼食を取ってからツリーハウスに戻った。
「遅かったな」
「飯食ってたんだよ。ほら、これがお望みの本。重かったんだからな」
此乃子は本を受け取ると、中をパラパラと眺めた。それだけで、その本は脇に置いてしまった。
「君、警察から死亡推定時刻は聞いたのか?」
母さんのことだとすぐにわかった。
「いや、詳しいことは何もまだ……」
「確か塀があったと言ったな。だから遺体は通行人に発見されなかったと。藤子夫人は、朝ではなく夜に亡くなった可能性がある」
「え、でも昨夜は生きて……」
「夜早くに寝落ちしてしまう君が何を言うんだ」
確かにそうか。僕は最近、夜九時まで起きていたためしがない。夜のうちに飛び降りて、僕が寝ている間もずっと……。
「でも、死亡推定時刻が何か関係あるのか?」
「それが知りたければ、次の本を持ってくることだな」
「ちょっ、まだ貢がせるのか!?」
「今度は『太宰治全集』の七を持って来い。背表紙には『小説 6』と書かれているから、司書に訊いて間違いなく持ってくるがいい」
「それ、今度こそ中央図書館にあるんだろうな?またこのは図書館まで行くなんて……」
「スマホのOPACから調べたまえよ、自分で」
あくまでも高飛車な言い方にむかっ腹を立てながら、僕はスマホで検索をかけてみた。
「おいおい、これ山の手図書館にしかないじゃないか!もっと遠いぞ!?」
「電車で三十分といったところか。そこにしかないなら行って来い」
「予約で取り寄せとかできないのか?」
すると此乃子はむっとした表情になり、ぷいとそっぽをむいてしまった。
「予約では数日かかる。今日中に集めろ。でなければ謎は解いてやらん」
「なんだよそれ」
ほとほと呆れながら、しかし母さんの暗号は僕一人では解けそうにない。今日は時間だってある。仕方ない、行ってくるか。
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