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山の手図書館は電車で五駅先にある町にある。が、そこからがまた遠い。駅から離れたところにあるということで、歩かなければならなかった。熱中症になったら此乃子に医療費を払ってもらおう。
幸い倒れることなく図書館に着いた僕は、さっそく司書さんに訊いて、『太宰治全集』を手に入れた。それにしても、なぜ他の館の蔵書は悉く貸出不可になっているのか。そんなに人気なのか、太宰。
涼しい冷房の中でしばし休憩した後、駅まで戻った僕は、此乃子に本を手に入れた旨を電話で伝えた。
『ふむ、ご苦労』
「もう追加はないよな?いくら借りるだけだとはいえ、わがままが過ぎるぞ」
少し低めの声で言ってやると、此乃子は数秒黙り込んだ。
しばらく沈黙が続いたので気まずくなり、僕から口を開いた。
「これでさっきの続きから暗号の謎まで教えてくれるんだろうな?」
『……遺書は』
「は?」
『遺書は、おそらく目に付かぬところにあったのだろう。テーブルの上などではなく、引き出しの中だとか』
確かに自殺にしては遺書がそばにはなかったとは思ったが……。
「その通りだけど、それが死亡推定時刻とどう関係あるんだよ」
『それが知りたければ、次の本を……』
不遜な声に、僕の中の何かが千切れた。
「いい加減にしろよ!」
駅構内の人々が振り返る。だが、気に留めない。
「さっきからなんなんだよ! 弱みに付け込んで何冊も本を要求して! お前がそんなに私利私欲なやつだとは思わなかったよ!」
反論を許さず、たたみかけるように僕は怒鳴った。
今日会った時、頭を下げてきた此乃子に、少しは感心したのに。かと思えば、足元を見てこんなに僕をこき使うなんて!
「いいよ、暗号なら他の人に頼む! お前なんかには頼らないよ! こんなばかばかしいこと……もうやめてやる!」
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