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啖呵をきると、僕は肩で息をした。相当興奮しているらしい。頭が熱い。
『……誰が私利私欲だ』
電話口で聞こえたのは、ふてくされたような此乃子の声だった。
「だってお前、自分が読みたい本を次から次へと……」
『違う。読みたいのではない。見たいのだ。謎を解くために』
「えっ?」
そこで僕の中で、何か思い違いをしているのではないかという可能性が浮上してきた。
此乃子は一連の本を、欲しがってはいない。借りるだけでいいといった。そして読みたいとも、一言も言っていないのだ。
「どういう……」
『藤子夫人は生前、熱心な読書家だっただろう』
僕は肯定した。母さんは古今東西いろんな本を読む人だった。
『件の暗号、あれは本に秘密が隠されているのだよ。私の中には既に仮説が立てられている。だが、それを君に示すためには、実物があったほうがいい。だから集めさせているんだ』
僕は鞄の中の太宰に意識を向けた。この本が、そして今まで集めた本達が、母さんの代弁をしてくれる?
『さあ、次は『近代異妖篇』だ。私の調べによると、南丘図書館に唯一貸出可のものがある。行きたまえ』
僕は牙を抜かれたように此乃子に従った。南丘図書館は僕の町をはさんで反対側にある。ここから電車で一時間といったところだ。着くころには四時くらいになっているだろう。
電車の窓に映る自分の顔を見ながら、ぼんやり考えた。
母さんがこんな手の込んだことをしてまで伝えたかったことって、なんだろう。
いかにも怪しげな表紙をした『近代異妖篇』を手にした僕は、再び此乃子に連絡を取った。
「次の本は?」
急に積極的になった僕に驚いたのか、彼女は一瞬黙ったが、笑いをこらえるような声で言った。
『案ずるな、次で最後だ。『海野十三全集』の十二巻。これを手に入れたら、ツリーハウスに戻ってきたまえ』
その本はまたも遠い図書館にしか貸出可能な蔵書がなかった。だけど、行ってやる。これで最後なんだ。
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