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ツリーハウスに戻ったときには、すでに十九時だった。日は沈み、ほのかな明るさの残滓を残すのみとなっている。
「ご苦労だったな、運」
朝と同じように書物に埋もれた此乃子は、執事にあごで促して僕にハーブティーをご馳走してくれた。そういえば朝見た執事さんとは違う人のようだが、一日の中でも交代制なのか。
日の沈む前に帰るつもりだった僕だが、ここまで来たらとことん付き合おうじゃないか。
少し休憩したまえという此乃子のねぎらいに甘えて、十五分ほどゆっくりさせてもらった僕は、今、此乃子がならべた五冊の本の前に正座している。
「さて、お待ちかねの謎解きといこうか」
まるでマジックを始めるかのような口ぶりの此乃子。
「あの遺書に書かれていた教訓は全部で五つ。ここにある本も五冊だ」
「関係があるんだな?」
「ああ。それぞれこの本に収録されている小説を参考に書かれたものだ。一つ目は芥川の『アグニの神』、二つ目は二葉亭四迷の『浮雲』、三つ目は太宰の『東京だより』、四つ目は岡本の『離魂病』、五つ目は海野の『骸骨館』だ。どれも著作権切れの古いものだ。藤子夫人もよく知っていたものだな」
「参考に書かれたことを知ってるくらいならお前も読んだことあるんだろ?そっちのほうがすごいよ。しかも遺書の一節から作品名を当てたんだろ?」
「私は読んだ本は全て覚えているからな。特に三つ目と五つ目は特徴的な描写がそのまま用いられている。そうそう、君が気になっていた、教訓の後に書かれていた数字だが、あれはその作品が全集の何ページから始まるかを表していたのだ。例えば『人を殺そうとしてはいけません。例えば神の依り代が不都合なことを言っても、殺そうとすればその神に殺されるのです。93』は、『アグニの神』が『芥川龍之介集』の93ページから始まることを意味している。だからあえて、同じ『アグニの神』が収録されている本の中でもこの『芥川龍之介集』を持ってこさせたのだ」
此乃子の恐ろしいところはここだ。読んだ本の内容を覚えているだけでなく、何ページに何が書いてあるかも覚えている。だからこそ、こんな芸当ができる。もはや化け物だ。
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