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「ふん、やっと出てきたな」
俺は目の前の黒髪の女を見つめた。全て見透かしたような生意気な顔をしている。
「貴様がケンジか」
「ああ、そうだよ」
「昼夜で人格が変わる性質の解離性同一性障害……。藤子夫人から聞いていた通りだ。運の寝落ちは人格の入れ替わりだったのだな」
「俺のことを知ってるのか」
「知っていたさ。運の従人格。残虐な性格で……母親殺しの犯人だ」
ぴくりと眉が動いた。そう――俺が三森藤子を殺した。
俺に指図する女。一人になりたくても同じ家にいる女。邪魔で仕方なかった。
だから、俺の中のもう一人が眠った後、昨日の夜。俺はあいつをベランダから突き落とし、そのまま寝たのだ。
誰にもばれないと思ったのに、こいつ、そこまで見抜いていたのか。
「なんでわかったんだ」
「遺書が目に付くところになかったことから自殺の線が薄らいだ。そして前々から藤子夫人から聞いていたのさ。運がもう一つの人格を持ち始め、それが自分を殺したがっていることに気づいたと。遺書まで用意するくらいだ」
きわめつけは、と女は言う。
「そしてこの本達が言っているのさ。貴様が犯人だとな」
「本が示すのは『ありがとう』の文言じゃなかったのか」
「主人格のときの記憶もあるのか。いいだろう、教えてやる。さっきの推理ショーは茶番さ。あの遺書はもともと貴様の主人格、運にあてて書かれたものではなかった。あて先は私だったのだ」
「何?」
「本当に『ありがとう』と伝えたければ、その順に教訓を並べればよかった。だが遺書に書かれていた順番はバラバラだった。否、バラバラではない。その順に意味があったのだ。遺書の順に作品名を並べると『アグニの神』『浮雲』『東京だより』『離魂病』『骸骨館』だ。最後の文字を取ってみたまえ」
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