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「母さんが死んだんだ」
此乃子の顔から笑みが消えた。黒い目をいっぱいに開いている。
「……藤子(ふじこ)夫人が?」
「ああ」
自殺だった。ベランダから飛び降りたのだ。厳しい母子家庭の中で、耐えられなくなったのかもしれない。
昨日の朝、どうにも母の姿が見つからず、電話をかけても家の中で母のスマホが鳴るだけだった。スマホを忘れて早朝からどこかへ出かけていったのかと思っていたら、しばらくしてマンションの下の階の人から電話がかかってきた。曰く、下に僕の母が倒れていると。
「僕の住んでるマンションのベランダ側には塀があってね。通行人には見つけてもらえない状態だったんだ。洗濯物を干そうとした下の階の人が見下ろして見つけたってわけ」
「それはベランダ側に塀があるというのは住宅としてどうかと思うが……。そうか、母が電話で親友の葬式がなんだかんだと言っていたが、藤子夫人のことだったとは。……ご愁傷様、だったな」
いつも不遜な此乃子が神妙な顔をして頭を下げるものだから、僕は戸惑って頭をかいた。
僕の母と此乃子の母は学生時代からの親友だった。此乃子自身、母さんとはたまに電話で話す仲だったらしい。
「それでさ、見てほしいものってのは、これなんだけど……」
頭を上げさせる意図も込めて、僕はリュックからあるものを取り出し、差し出した。
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