寄り道

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母は少し変わっている。  あれは私が小学3年生のときだった。母は 私を中学受験のための代々木の全国模試に連 れて行き、私を置き去りにして、そのまま帰 ってしまった。  私はその時のことをはっきりと覚えている。 模試が終わり、広い会場に規則正しく並んで 座っていた生徒たちが、筆箱に鉛筆を仕舞う 音や椅子を引く音とともに、いっせいに出口 を目指した。子供たちの大群が出口を塞ぎ、 次から次へと続く黒い頭が嬌声とともに広が っていく。私は再び椅子に座った。人が押し 寄せる、という状況が嫌いだったのだ。始発 の電車を待って、先頭に並んでいたのに座れ なかったことすらあった。まだ幼稚園くらい のときに、明治神宮の初詣で、後ろから頭に 五百円玉を思い切り投げつけられて血を流し たことが無意識のうちにトラウマになって いたのかもしれない。  時計を持っていなかったから十五分だった か二十分を超えたかのはわからない。黒い頭 がまばらになり、開け放たれたスチール製の 観音開きの扉の向こう側が見えてくると、私 は夕暮れの海水浴場みたいに静かになった教 室を出て、出口を目指して歩き始めた。  会場の外には砂利を敷き詰めた広場が広が り、まだ大勢の母子が立ち止まって知り合い と話をしたり、子供に帽子を被せたりしてい たが、その中に母をみつけることは出来なか った。  知らない母親たちが知らない子供たちの手 を引いて、駅へ続く方向に、飴玉やバッタの 死骸をみつけて連絡を取り合った蟻みたいに 一直線に列を作って歩いている。 私はしかたなく、その列の後方について歩い た。母をみつけられなかったのに、必死に探 したり、模試の会場に戻って係員の人に事情 を話すというようなことはしなかった。なぜ かわからない。子供の考えることはいったん 大人になってしまうと理解できないものなの だ。とにかく私の覚えている限りでは、わり とあっさりと事実を受け入れ、ひとりで家に 帰るということを即座に選択していた。  お金は持っていなかったけれど、母からも らった帰りの切符を握りしめていたから、電 車に乗って池袋まで出れば後はなんとかなる とたかをくくった。子供ながらに、いや、子 供だから後先考えないで、冷静にいられたん だろう
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