寄り道

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 そういえば、私は迷子の常習犯だった。友 達の家に遊びに行って、帰り道、ほんの少し の寄り道のつもりで曲がるべきところを曲が らずに、自分のテリトリーを外れた住宅街に 紛れ込んで、知らない家の門の向こうの窓に 移る室内灯を眺めた。学校の課外授業で行っ たチョコレート工場の見学のときだって、ど ろどろのチョコレートが板チョコになる行程 に魅せられているうちにはぐれてしまったり、 とにかく「横道にそれる」ことが好きだった のだ。ところがそれらの「迷子」で親や教師 に咎められた記憶が全く無い。あの日曜日と 同じように、迷子の後の家族や学校での会話 が、記憶からすとんと落ちてしまっているの だ。  そう、私はよく寄り道をした。 小さな路地を抜けて知らない人々の住む知ら ない家を覗き込むことが好きだったのだ。そ れは幼い私にとって、胸がドキドキする冒険 だったのだ。洒落たデザインの家や広い芝生 の庭なんかが見えると、どうしてもその家を 覗き込みたくなる。鉄のゲートの間から、そ の家の様子をそっと除く。こんなカッコいい 家にはどんな素敵な人たちが住んでいるんだ ろう。眺めながらその家の住人を想像する。 ストライプの入った、紺色の光沢のあるガウ ンを着て寛いでいるお父さんと、柔らかそう なセーターとスカート、ちゃんとストッキン グを履いた足とふわふわの毛皮で出来たピン クのスリッパのお母さん、額の上にリボンを つけた真っ白いマルチーズ。そして、いつの まにか自分がその家の娘になって、芝生の庭 で犬と遊んだり、シャンデリアの下、天蓋付 のベッドでひらひらとフリルのついたネグリ ジェで眠る自分を思い描いた。うちは決して 貧しかったわけではないし、犬も飼っていた。 でも、家はごくごく普通の家で、外観もイン テリアも全然凝っていなかったし、犬はリボ ンをつけていなかった。私はそういう洒落た 家や洒落た生活に恋焦がれる子供だったのだ。  でもそれは決して大きな家である必要は無 く、時として、部屋自体は自分の家よりずっ と小さいマンションだったりもした。なぜだ ろう、とにかく外観が洒落ていることが最重 要課題だったのだ。赤いレンガ造りの外壁の 上のベランダに飾られた色とりどりの花を咲 かせた鉢植えや、縦型ブラインドを眺めて、 お屋敷の芝生の庭を眺めたときと同じように、
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