第1章

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 直志はきっと一生久乃ちゃんから離れない。離れることができない。恩義を感じてるから。自分のせいで久乃ちゃんが歩けなくなったと思ってるから。そんな久乃ちゃんを放っておくことなんてできない。直志は優しいから。久乃ちゃんは自分は何のために生まれてきたのか分からないっていていたよね。事故の直後、直志を助けるために生まれてきたんだ。そう言ってた。あの言葉のおかげできっと直志は救われたんだと思う。友達の人生を壊してしまったという罪悪感から押しつぶされそうになっていた直志はきっと久乃ちゃんの一言で本当に救われたんだと思う」  私は一拍置いて、呼吸を浅く繰り返して言った。 「でも、いつまでもそんな一言で直志を縛らないでよ。直志の事が好きじゃないなら直志を解放してよ。いらないなら私にちょうだい」  言った。言ってしまった。あふれてきた言葉といつの間にか流れていた涙に驚く。私はこんなことを考えていたのかと自分自身に驚いた。自分の事が嫌いになった。私はこんなに嫌な奴だったんだ。自分が真っ黒く汚れていく、汚れていたことに今初めて気が付いた気持ちだった。久乃ちゃんに教えてもらわなければ気づかせてもらえなければそんなことにすら気づけない最低の人間なのだ。直志も好きだけど、久乃ちゃんだって大事な友達だと思っているのも本当の事なのに。それでも、私は久乃ちゃんの事を素直に好きだと言えないのだ。私は俯いたままその場で立ち止まってしまった。怖くて久乃ちゃんの顔が見れなかった。しかし、私のそんな気持ちを見透かしたようにずっと正面を向いていた久乃ちゃんが振り返って私を見ていた。その表情は口角を挙げて皮肉気に笑っていた。 「そうだな。私は確かに兼森直志を縛っている縛り付けている。兼森の奴に言っても否定されるだろうが、これはれっきとした束縛だ。ふふ。私は確かに陽菜岸の心を踏みにじっていた。でも、これはチャンスだぞ陽菜岸」  突然の言葉に私は戸惑う。久乃ちゃんが車いすのタイヤをもってぐるりと車いすを方向転換させる。その動きに振られるように私も坂道を見下ろす立ち位置に移動させられる。 「この急坂の下は大通りだ。今は通勤時間だ。交通量もかなり多い」  何が言いたいのか分からなかった。考えろというのは久乃ちゃんの口癖だったけれど。馬鹿な私には何が言いたいのか分からない。 「手を離してみないか?」 「え?」
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