第1章

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 人の幸せとはいったい何なのだろう。  自分の幸せとはいったい何なのだろう。 不幸の定義とは何なのだろう。 不幸に底はあるのだろうか。 幸せに天井はあるのだろう。 僕はずっと悩んでいる。誰もが幸せで誰もが不幸じゃない世界なんて言うのは実現が不可能なのかもしれない。 幸福と不幸は表裏一体なのだから。でも、きっと彼女は皮肉気に口角を上げて笑いながら言うのだろう。 「ははっ。そんな些細な事で悩んでいるのか兼森直志。誰もが幸せな世界なんて簡単だよ。幸福か不幸かなんて自分が決めるものだ。他人が決めるものじゃない。世界中の人間が自分は幸福だと思えば、それが誰もが幸せな世界さ」  彼女は世界がそんな簡単じゃないことも、人間がそんなに単純ではないことも分かっている。でも、そのうえで彼女、安心院久乃は自信満々に胸を張って言い切るのだ。 * * * *  僕はいつもの通学路を車いすを押しながら歩いていた。空は快晴秋晴れのいい天気だった。夏の暑さも緩和され冬の寒さもまだ肌に感じない気温。鼻歌を歌ってしまいそうな陽気だった。 「今日は随分ご機嫌なようだな兼森」  車いすに座っている同級生の女の子安心院久乃は首だけをこちらに振り向かせながら言った。 「ん? そうかな。いつもと同じだよ」  鼻歌が本当に口から漏れ出ていたのかと思い思わず言葉を濁す。 「そうか。私はとてもごきげんだぞ。こんなにいい天気なのだ。鼻歌の一つでも歌いたくなるだろうというものだろ」  実際に、久乃は鼻歌を歌い始める。とても鼻歌とは思えないほど綺麗な音が久乃の口から紡がれていく。 すれ違う人たちが鼻歌に驚いてこちらを振り返る。久乃は整った顔立ちをしている為人の目によく止まるのだ。肩より少し長い髪は綺麗な黒というよりも深緑をしていて、そのバランスが尚更美形に見せている。 「久乃のほうがご機嫌に見える」  僕が素直に思った事を口にすると口角を小さく持ち上げて僕に振り返って笑う。 「もちろんだよ。毎日子供の頃からの友人である兼森に押されながら晴天の下を歩く。こんな気持ちのいいことがほかにあるか?」 「いっぱいあると思うけど」 「実に浅はかだな兼森直志。私は今とてもいい気持ちで幸せだ。この幸せというのは主観だな?」 「んー。まぁ。そうだね」
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