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「あーあ、肩こったわ。坂、ちょうだい」
小池さんは右手の指を、カニのように、チョキチョキさせ、僕はその合図に、綿パンのポケットに隠し持っていたマルボロを取り出し、箱ごと渡す。このギャップには、いつもながら眉をしかめたくなる。
「なんで生徒は私服で、一人しかいない図書司書は、制服なのよ。ねぇ、そう思わない」
「事務長の趣味なんじゃない。それで採用されたのかもしれないよ」
小池さんは、へぇっ、と吹き出しながら、タバコに火を点ける。どこの学校にも、治外法権の場所があるのか僕は知らないが、図書準備室は確かに治外法権が行使されている。
一服を終えた女王様は、少しご機嫌を直したようで、ハミングしながら自分のお茶を用意し始めていた。僕はそれに習って、自分のコーヒーを入れようと腰を浮かす。
「あっ、そうだ。冷蔵庫に缶コーヒーあるよ。今朝、石っちが坂にって持ってきた」
いかにもオリジナルブランド製品の主張をしている、グレー色の、小池さんとは正反対な素っ気無さをかもし出している冷蔵庫の扉を開くと、確かに一度、石田に好きだと言ったメーカーの缶コーヒーが、ところ狭しと押し込まれてあった。
「石田先生は、ケースで持ってきたの?」
お茶を入れ終え、二本目の煙を思いっきり吸い込んで、小池さんは笑いながら僕の方を見た。
「あいつも程度というものを知らないよね」
僕は、とりあえず一番手前の一本を手に取り、扉を閉めた。考えてみると、程度を知らないのは、こんなに冷蔵庫に詰め込んでしまう小池さんの方なのでは、と思ってはみたが、もちろん後のことを考えると、口が裂けても言えないのだった。
石田の好意というか、報酬というか、僕はありがたく思いながら蓋をあけ、小池さんから僕のマルボロを一本抜き取り、僕も思いっきり煙を吸い込んだ。
小池さんはなにを考えているのやら、自分の世界に入り込んでいるようだが・・・
「どうしたのさ」
「なんかさぁ、女子高生の前でタジタジになりながらブラバンやっている石っちのこと想像したら、気の毒になってきて、思わず笑っちゃったよ」
なるほど。それなりに心配していると言うわけか。
「石っちって、ブラバンやったこと、あるのかな」
「あれ、聞いてないの。石田先生、確か高校の時は、吹奏楽部だったって聞いたよ」
意外そうというか、ちょっと驚いたのか、小池さんはへぇーという顔をして、お茶を啜った。
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