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「そういえば、石っち、今日は見ていないな」
「言われてみれば・・・書庫にいたときに、来たんじゃないの」
「いくらなんでも、気づくわよ。それに、ブラバンの音、聞こえないと思わない」
確かに、聞こえるのは野球部の掛け声と、プールから、水しぶきが上がる音だけだった。
「小池さんは、なんか部活とか、入ってたの」
ちょっと考えたように、視線を窓に移し、湿った唇が微かに動いた。
「水泳・・・平泳ぎ。あんまり速くはなかったけど、ね」
僕が吐いた煙が、空気清浄機にゆっくりと引き寄せられ、ナイアガラの滝のように、急降下していく様を無意識に目で、僕は追っていた。
図書館室のドアは、基本的にオートロックになっていて、鍵は小池さんが管理している。なので、用があるときは、ブザーを鳴らすことになっていて、その呼び出し音が水しぶきの音を遮り、僕と小池さんは目を合わせた。
小池さんは缶コーヒーをテーブルに置き、隣の図書館室へ出て行った。
出てすぐに、図書準備室に入ってきたのは、石田だった。いつものような、へらっとした顔つき、ではなく神妙なおもむきで、僕を見てきた。小池さんがあとを追って石田の後ろに着き、僕にどうしたのかなというジェスチャーをしてみせ、石田は、僕のところまでスタスタと近寄り、缶コーヒーを僕から取り上げて、一気に飲み干して息を整えた。
「坂崎、確かお前、地理学会に行きたいとか言っていたよな」
「まぁ・・・」
「俺が連れて行ってやる。だから」
「だから・・・?」
「なにも言わず、ちょっと来てくれ」
石田の真剣な声に、僕も小池さんもただ唖然とするしかなく、とりあえず、僕は、タバコを消していた。
「いいけど、どこに行くのさ」
「詳しい話は、その、あとで。とりあえず、行くぞ」
と、無理やり僕の腕をつかんで、僕はなすがままに図書準備室から連れ出された。
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