Halt(Japan)

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 司会の勢いを嘲笑(あざわら)うかのように始まった音楽は、耳馴染みの良い三味線と琴だった。それらの旋律が遺伝子に焼き付けられている日本人と違い、ヨーロッパ人にしたら、それはそれは不可思議な音色だろう。  慎ましい曲調に合わせて、簡素なパーテーションからすり足で現れたのは、色彩豊かな着物をまとい、結った日本髪に紫色の頭巾、その端を軽く口に(くわ)えることで顔をも隠した男とも女ともつかない――いや、パンフレットの名前からして少年だろう。すらりと背の高い、子供から大人に変わる瞬間の瑞々(みずみず)しい色気を放つ美少年だった。  バッと勢いよく扇子を開き、なまめかしい動きで顔を隠し、ちらりと扇子から流し目で覗く。  隣に立ってるオッサンが、ゴクリと(のど)を鳴らしたのが聞こえた。俺の口も唾液であふれかえっていることに気づく。興奮で口がカラカラに渇くのは何度も経験しているが、こんなことは初めてだ。うまそうだ、本能がそう訴えているような、危うい気配がする。  ステージの少年は、よよと歩き、白い首筋を見せつけるようにしなをつくる。  ああ、欲しい。喉から手が出そうだ。  そう強く思った瞬間、後ろを向いた彼は唐突(とうとつ)に脚を広げて腰を落とした。仰々 《ぎょうぎょう》しく見えていたが、実は簡単な作りの着物だったのだろう、彼は瞬間的に帯を解き、猛々(たけだけ)しい動作で(えり)をかき割って着物を脱ぎ捨てた。頭巾ごと日本髪のカツラをも脱いで投げ、髪をぐしゃぐしゃにかき上げ、曲調をガラリと変えた。  ロックンロールで踊るバレエだ。彼は信じられないほど高く飛び、くるくる回り、やわらかに手足を伸ばす。彼が跳躍(ちょうやく)するたびに、観客が熱狂する。そうして、曲調が流れるように移ろうたびに、見たことはあるけれど名前は知らない様々なダンスを、その(たぐ)(まれ)なる美しい肉体で、まるで夢を見せるように披露(ひろう)したのだった。
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