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時差で狂った身体を戻す手っ取り早い方法は、十六時間ひたすら何も食べないことだ。最初の六時間は寝通して、あと十時間、なまりはじめた身体をウエイトトレーニングで活を入れ、ジョギングがてら登校する。
「ハール! おはよう! GPどうだった?」
「はよー! まあまあかなー」
「モトー、お帰り! 最後惜しかったな-!」
「卓ちゃん、観てくれてたのー?」
「ファイナルラップあと十メートルあったら抜いてたのになー」
「残念なことに、いくら俺でもコースは伸ばせねえもんなあ」
汗でびしゃびしゃの体を引きずって、教室まで制服を取りに戻る。剣道場とプール、どっちのシャワーを借りようか考えながら階段を下りていると、携帯端末が鳴った。メッセージの差出人を見て、ハッとする。
そうだ。俺、今、彼女いたんだった……。
『帰ってきてたんだね。おかえり』
という、含みありまくりのメッセージにオドオドしながら、とりあえず剣道部に断ってシャワーを借り、教室に戻りながら返信を打つも……だめだ、中断、電話をかける。
「直ちゃん! どうしよう! 助けて!」
電話口で、『はあ?』と怪訝な声を出す幼なじみの直子嬢に、かくかくしかじか経緯を説明すると、『巻き込むなバカ。いい加減にしろ』と漫才の締めみたいなこと言って一方的に電話を切られた。つめたい。
レース前のバタバタしていた時期に告白されて、断る理由もなく付き合い始めるも、すぐ調整の合宿に参加して連絡する暇もあまり取れず、荷造りのために帰ってきたときにちょっとデートして、その流れでヤッちゃ……はあ。
レース期間中、一度も頭をよぎらなかったせいですっかり忘れていた。
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