鬼平暗殺四

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「オレの名は風魔小太郎、しかし今は  忍びを捨てて、抜け忍としてくらしておりやす」 「風魔小太郎とな?これは驚いた。  凄腕だとは思ったが・・・  オレはとんでもねぇ奴を相手したんだな」 冗談ではなく、本気で怖れたようだ。 それから双伍は、これまでのいきさつを 平蔵に語った。 「・・・なるほどな。では、官舎の与力同心を  叩き起こして、その盗賊どもを一網打尽に  しよう」 平蔵はそう言うと、煙草の灰を火鉢に捨てた。 「おめぇの弟は、おめぇで救え」 平蔵は強い語気をはらんで言った。 そして言葉をつなぐ。 「それともうひとつ。おめぇ、オレの戌いぬにならねえか?」 驚いて双伍は顔を上げた。 戌とは<密偵>になれという意味だ。 <密偵>とはお上の手足となり、情報を集める者のことである。 「だが、おめぇは戌というより、狼だな。  ただの戌にしとくのはもったいねぇ。  どうだ?その腕、十手持ちとして、世の為、人の為、  役に立てようという気はねぇか?」 平蔵はにこやかに言った。 双伍はうなだれた。これほどの人物とは。 自分の命を狙った輩を見逃した上、 配下になれとは・・・。 「その忍び装束じゃ、まずかろう。オレの  お古の着物がある。それに十手もな。  久栄、持ってまいれ」 久栄は再び奥に姿を消すと、しばらくして再び現れた。 その手には丁寧にたたまれた紫の着物と黒い股引があり、 その上には2尺を越える、長大な十手が2本 乗っていた。 「この十手は特別な代物だ。戦国の世に作られたものでな。  兜も割れるほどの威力がある。でかくて重いが、  おめぇなら使いこなせるだろう」 長谷川平蔵はそう言って、ひざまついている 双伍の前に押しやった。 「このご恩は、命を賭してお返しします」 双伍はそう言うと、立ち上がった。 その場で、すばやく着替え、腰帯に2本の十手を差す。 長谷川平蔵も黒い羽織りに身を包むと、 兜をかぶる。腰には<粟田口国綱>、 脇差には<備前兼光>を差した。 二人は、八丁堀の官舎に向けて走った。
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