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「中1の時に、親戚のおじさんにもらったの。」
俺の狭いアパートでベッドに並んで腰かけた。手を握ったのは、もう怒ってもいないし疑ってもいないという意思表示。
それが伝わったのか、美弥が話し出した。
「ハートのペンダントを?」
「”女の子はハート型の物が好き”っていう固定観念があるよね、一般的に。私はあんまり好きじゃないんだけど。でも、その時はペンダントって物を持っていなかったから嬉しかったんだ。」
「…ハート、嫌いなんだ。」
そんなことも知らなかった。
「ごめん。あれ、どうした?」
『あれ』とは、俺が買ったオープンハートのことだろう。
「返品してきた。」
「そっか。」
俯いた美弥は、今、何を考えているんだろう。
「今まで黙ってたけど、私のお父さん、浮気が原因で家を出て行ったんだ。」
「え。」
突然の美弥の身の上話に言葉が出ない。
実家が茨城県の笠井市だということと、4歳違いの弟がいること。
よく考えたら、そんな情報しか与えられていなかった。
たまに母親の話題は出た。これはお母さんのオリジナルレシピなんだ、とか。
父親の話が一切出なくても、当然いるものだと思い込んでいた。
「うちのお父さん、私がお腹にいる時からずっと浮気を繰り返してるような人だったの。
お母さんに疑われて問い詰められて、嘘ついて言い訳して。でも、やっぱりバレて、お母さんに怒鳴られて。許してくれって謝って、お母さんは泣きながら責めて。なのに、いつも許しちゃって、同じことの繰り返し。
だからね、私、ずっと結婚なんかしないって思ってた。男の人を好きになったりしないって。あ、もちろんレズじゃないよ?
そういう他人同士の愛は続かないものだって思ってた。」
美弥の最後のピースを見つけた。きっとこれがそうだ。
彼女の中核を成すピース。
「でもね、亘は」
言葉を途切れさせた美弥を見ると、目に涙を浮かべていた。
ずっと泣かない子だと思っていた。
感動モノの映画を見れば泣く。ボロボロ泣く。
でも、自分のことでは泣かない。強い子なんだと思っていた。
「亘は…私が初めて好きになった人なの。好きで好きでおかしくなるほど好き。だから、嫌われたと思って怖くなった。」
震える声で言った美弥の両目から涙が溢れて、頬を伝った。
綺麗だった。
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