僕の望んだもの

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「客人が来ているというに、お茶のひとつも出さんとは」  おじさんはちゃぶ台に頬杖をついて、そう言った。 「最近の若い者はなっとらん」 「若い者っていうけれど、おじさん」  僕は笑って、自分の頬を、つるりと撫でる。 「僕、もういい歳だからね」 「はっ、ひよっこめ」  かかと歯をむき出して笑うおじさんに、僕は苦笑する。そりゃ、おじさんから見たら僕はまだまだ若いのだろうけれど。何となく、半人前と言われているようで少し悔しい。 「そりゃ、おじさんにはかなわないけれどさあ」  ぽそりと呟いて、仰向けになった。板張りの天井の染みまで、僕を笑っているようだった。  フローリングの部屋は寒い、と思っていたのだけれど――床暖房という技術には、全く頭が下がる。おかげで毎年冬もぬくぬくと過ごせるというものである。畳がいい、だなんて駄々をこねた頃が懐かしい。結局ぼくの意見は通らなかったけれど、結果オーライというやつだ。  おじさんはちゃぶ台の横の座布団にちょこんと座っていた。  この人がいつからこの部屋にやってくるようになったのか、その正確な時期を、僕は正直覚えていない。随分昔からのような、ついこの間のような、その記憶だけ霞がかかったようにぼんやりとしている。 「茶は、まだかね」 「はいはい今すぐ」  ペラペラなクッションを、よいしょと踏みつけ、僕は立ち上がった。  引き戸を開けると、すぐそこが台所だ。まだ昼間である。台所の曇りガラスの向こうで、鳩が呑気に鳴いていた。  この時間は、家族はだれも帰ってこない。  戸棚を開けて、そのまま奥深くに仕舞われていた茶器を取り出した。  薔薇の絵が描かれているお盆に、同じく薔薇と金の飾りのついたティーカップ、二つ。同じ柄のミルク入れ。久しぶりに見たけれど、やはり派手だ。僕はどちらかというとシンプルな物の方が好きなのだけれど。こうしてよく見ると、白磁に咲き誇る薔薇も、豪華な金も、素直に綺麗だと思えた。  お茶うけは、クッキーだ。お茶の味を損なわないように、シンプルなバター味にしてある。会心の作だ。きっとお茶にもよく合うだろう。  年月は、人を丸くするのだと思う。  茶葉の入った缶と、それらを乗せたお盆を携え、扉を足で開けると、おじさんは床に寝っ転がって、黙々と漫画を読んでいた。
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