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正確には、最後のお茶会、であるが、言葉の綾と言うやつだ。
おじさんは、驚いたようだった。ただでさえぎょろりとした目玉が、最早零れ落ちそうである。
「――お前」
「もういいよ、おじさん」
おじさんは口を開け、閉じ、そしてもう一度開けた。
「……もう、やめるのか」
「うん、もうやめる」
僕の言葉に、おじさんは何を思ったのだろう。彼はクッキーおもむろに一つ、むしゃりと食べた。続けてお茶をぐびりと飲んで、また一つ、クッキーをつまむ。
「もそもそしよるの」
「……それが、いいんだよ」
僕も、クッキーを手に取った。さくり、と口に中に広がるバターの香ばしい香り。
もそもそする。それがいいんだよ。同じようなやり取りを、いったい何度しただろう。僕がそう言うたびに、君はいつも目を伏せていた。僕は知らなかった。クッキーがこんなに手がかかるものだなんて、本当に知らなかったのだ。
どうして、僕は、あらゆるものを拒んでしまっていたのだろう。
おじさんが、紅茶を飲み干してぽそりと呟いた。
「本当に、いいのか」
「うん」
「本当に本当か」
「しつこいなあ」
僕は笑った。
「もう、やめてやるって言ってるの。だから」
――連れて行ってよ。
おじさんは、ため息をつき、そしてふんと鼻を鳴らした。
「もう一杯」
ぐびり、とティーカップを空にして、おじさんは呟いた。
「よく味わえ」
「――え」
「一杯分だけ待ってやるぞ」
「……うん」
六畳の部屋の片隅に置いてある、妻の写真をそっと見る。随分と待たせてしまったけれど、どうやら僕も、ついにそちらに行くことになりそうだ。
あの日。おじさんが僕を訪ねてきたときに、僕は頼み事を、した。
どうか、もう少し待っていてくれ。
否定するわけじゃない。逃げもしない。
けれど、どうかもう少しだけ、僕に時間をくれないか。
君が消えたときに、とても、後悔をしたから。
あちらに行ってから、後悔したくなかったから。
君の好きだったもの。紅茶と、漫画、それからクッキー。僕は全部苦手だった。否定ばかりしてきたものだから。
少しだけ変わった僕を、君の好きなものを、一緒に楽しめるようになった僕を。
君はまた、愛してくれるだろうか。
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