第1話 【妖怪《ようかい》 瀬坊主《せぼうず》】

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   (つる)が鳴いた。 もう、(しお)が引いたのだろう。 淡い(あい)美空(みそら)を見上げ、『昌平(しょうへい)』は物思(ものおも)いに耽った。 「おうい、はよ持たんか」 と、後頭部(こうとうぶ)めがけ、(こぶし)が振り下ろされた。 現世(げんせ)に引き戻された昌平は、申し訳ございませんと(こうべ)を下げ、背中の持つ酒瓶(さかびん)を手にした。 昌平は、徒士(かち)である。 藩士(はんし)・『袖依是助(そでよりこれすけ)』のもとに仕えている。 日常が、(いや)になっていた。 藩士というブランドを持ち、それを横柄(おうへい)な態度で貪り食う。 奴といると、苛苛(いらいら)した。 これも忍耐(にんたい)を鍛えるものなのだろうと。 士道(しどう)(こころざ)したる者の課された関門なのだろうと。 心に思っていた。 袖依は、酒臭い口をねっとりと開けた。 「ところで、おでん屋におる娘」 あァ、『お(こう)』とかいう─── と徒士のひとりが云った。 「あれはよいぞ」 「たしかに、気立てよく、なかなか物腰やわらかな」 「連れだし、花を摘んだ」 「・・・は?」 「(くし)も買うた。(かんざし)も買うた」 どどど、と世界が曇った。 身にまとう気が、そのまわりを曇らせたのだ。 「───」 「やわらかよのぉ、女の肌は」 「と、申されますと。まさか」 「おうよ。───()うた。喰うてしもうた」 ぐはははは、と(わら)った。 「な、なんとうらやましい」 徒士の一人も、眉をゆがめながら袖依を持ち上げた。  
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