第1話 【妖怪《ようかい》 瀬坊主《せぼうず》】

24/27
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
    ◆   ◆   ◆ 「北條どの、竹士郎を(しば)って、なにを?」 昌平が、柱にからだを縛られた坊主を見ながら言った。 「なんてことない───”瀬坊主(せぼうず)”の正体(しょうたい)を暴く」 「正体?!」 「こいつァ、あやかしになったんじゃねぇ」 ───”取り()かれた”んだよ。 月弥が、七輪(しちりん)(あじ)を乗せ、炭火(すみび)で火を起こした。 「この時期ァ、鯵は最高だな。やっぱ塩焼きか」 「塩焼き塩焼き!」 羅巌は、魚が大好物である。 ぱちぱちと、ちいさく火が爆ぜる音と、鯵の豊かな風味が、風に乗って鼻を唸らせた。 「あの、月弥どの。竹士郎があやかしに取り憑かれたのと、その焼いている鯵と、なにか関係があるのか?」 月弥は、答えない。 ただ鯵の煙を眺めながら、不気味に微笑(ほほえ)んでいる。 すると、においをくんくんしながら、竹士郎が起きた。 びぇぇっ!びぇえぇっ……びゃぁああぁッ。 まるで人とは思えない鳴き声である。 「おーおー、そういきりたつな。どうだ、この鯵、うまそぉだろ」 鯵を裏返(うらがえ)す。じゅうという香ばしい音が、耳を転がした。 瀬坊主は、目をぎょろり()きながら、口をなますのごとくがばりと開け、よだれを垂らす。 ぱち。ぱちぱち。ぱち。 ぱち。ぱちぱち。ぱち。 見ている誰もが、その色の良くなった鯵を眺め、(つば)をごくりと飲み込んだ。 (よい)に見る鯵は少々重いが、若い乾坤堂や昌平には、深夜のカップ焼きそばとマヨネーズ───いや、昼間のステーキライス付きほどの威力がある。 「そォら、良い香りだァ」 しゃきんッ!と月弥は、うちわを取り出した。  
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!