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思いのほか、底が深い。
地に着かぬ恐怖に取り付かれた男たちは、ばしゃばしゃと飛沫をあげていた。
「服着たまま飛び込む奴がどこにいるよ」
「あそこ」
羅巖が、男たちを指差した。
「仕方ない」
北條が絣の単衣と袴を脱ぎ、
トレードマークの黒縁メガネをはずし、海へ飛び込んだ。
◆ ◆ ◆
焔火に染まる薪が、ぱちりと鳴いた。
橙のともしびが、ゆらゆら揺れている。
囲炉裏を囲み、多種多様の影がうごめいていた。
「仕方ないでしょう、体が勝手に動いたんですから」
貞吉は、部屋の物干し竿に着物を干し、口をとがらせた。
「それでどうなった?死にかけたろ」
「命を粗末にするってのは、向こう見ずのことをいう」
「闇鬼のときもそうだ。履き違えんな」
「そんな!僕は決して」
「わかってましたよ。貞吉さんは、そんなつもりじゃなかったんです」
静季が、お茶を汲み始めた。
「ただ助けたい、命を粗末にする人間を見たくない。失いたくない。そうおもわれたんですよね?」
───私は、ご立派だと思います。
静季は、貞吉の足元に茶を置き、そっと手を添えた。
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