第一章 悩める思春期

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 ボタンを押すとピンポーンと、いつもと変わらないありきたりな呼び出し音が鳴る。  なぜかそんなことに安心して、ほっと小さく息を吐く。ここで重厚な鐘の音でも鳴ろうものなら、びびって逃げ出していたかもしれない。あるはずもないのだが。 (いや、あり得るな。誰かが、いたずらついでに設定いじったりとか。人の出入りが多い家だし)  とりとめのないことを考えながら、もう一度反応のないインターホンを鳴らす。 「まだ寝てんのかな……」  夜型人間の愛真にとっては、午前八時は早朝かもしれない。  普通に考えても、他人様(ひとさま)の家を訪ねるには充分早い時間だ。 (ファミレスかどっかで、時間潰せばよかったか……)  少々後悔しつつも、黙ったままのインターホンのボタンをもう一度押す。  すると今度は間を置かず、 「広志、どうしたの?」  愛真の常と変わらず中性的な、しかし今は驚きを(にじ)ませ、わずかにうわずった声が(こた)えた。  やはり寝ていたのだろうかと思うと、申し訳なさに拍車がかかる。 「悪い。こんなに早く……」 「――ああ。広志にしては、確かにちょっと早いね」  時間を確かめたらしい間の後に、愛真は自他共に認める常識人の広志をからかうように応えた。  その声には、笑いの気配が漂っている。  どうやら機嫌は悪くないらしく、広志が安堵(あんど)に表情をやわらげると、 「でも大丈夫だから、入って来て」  ガチャンと門扉の鍵が音を立てて外れた。
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