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ボタンを押すとピンポーンと、いつもと変わらないありきたりな呼び出し音が鳴る。
なぜかそんなことに安心して、ほっと小さく息を吐く。ここで重厚な鐘の音でも鳴ろうものなら、びびって逃げ出していたかもしれない。あるはずもないのだが。
(いや、あり得るな。誰かが、いたずらついでに設定いじったりとか。人の出入りが多い家だし)
とりとめのないことを考えながら、もう一度反応のないインターホンを鳴らす。
「まだ寝てんのかな……」
夜型人間の愛真にとっては、午前八時は早朝かもしれない。
普通に考えても、他人様の家を訪ねるには充分早い時間だ。
(ファミレスかどっかで、時間潰せばよかったか……)
少々後悔しつつも、黙ったままのインターホンのボタンをもう一度押す。
すると今度は間を置かず、
「広志、どうしたの?」
愛真の常と変わらず中性的な、しかし今は驚きを滲ませ、わずかにうわずった声が応えた。
やはり寝ていたのだろうかと思うと、申し訳なさに拍車がかかる。
「悪い。こんなに早く……」
「――ああ。広志にしては、確かにちょっと早いね」
時間を確かめたらしい間の後に、愛真は自他共に認める常識人の広志をからかうように応えた。
その声には、笑いの気配が漂っている。
どうやら機嫌は悪くないらしく、広志が安堵に表情をやわらげると、
「でも大丈夫だから、入って来て」
ガチャンと門扉の鍵が音を立てて外れた。
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