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***
おかしい。
此処には誰も来ないように仕向けた筈なのに、そいつは飄飄とやって来た。
「此処が、物怪の棲む処かい?」
村人に案内されたそいつは、どこか物珍しそうに此方を見上げた。
畏れを知らぬとはまさにこの事。
ましてや禁忌であるこの山に足を踏み入れるとあっては、愈々祟ってやろうか。
麓を視下ろしながら、そんなことを考えていたが。
「…案内有難う。先ずは、相手を探ってみなければね。」
そう言って此方を見上げた眼は、確かに私を捉えたように感じた。
慌てて、眼を閉じる。――尤も、時既に遅し、だろうが。
「…えらいもん、連れて来おったな…」
私に手を焼くあまり、とうとう外からの何某を連れてきたらしい。
「――山におるだけで、何で邪険にされなあかんねん。」
ぽつりとそう呟いた言葉は、いつもの様に虚空に?き消えてしまった。
此処に居ては、いずれ見つかる。
けれど、此方が山を出て行かなければならない理由は、何一つない。
それならば。
何時ものように喰らってしまえば、それで終わる。
けれど、今回ばかりは、それだけでは済まないような――そんな予感がした。
「…うちも愈々(いよいよ)、終いか…?」
そんなことは断じていやだった。――後から来たのは、あいつらなのに。
外から来た男は、山に在る洞を仮の住処としたようだった。
――此方の存在は既にばれているのだから、できるだけ早く手を打たなければ相手の思う壺になりかねない。
こう言う意味では幸いなことに、相手は外から来た奴だ。村の誰かを騙っても分かりはしないだろう。…なら、手っ取り早く女にでも化けて、誑かしてしまおう。
――とにかく時間がない。山に何か手を出されては困る。急がなければ。
そう思いながら、男の居る洞へ向かった。
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