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「もう……ずーっと、」
一言呟いて、それから口をつぐんでしまう。
私は紅茶を啜りながら、お姉さんの視線の先へと目を向けた。
小さくて金色に光る小物入れが、窓から入る光を反射している。
とても眩しくて目を細めた。
「あの、お姉さんは、」
視線を戻し声をかけた私に、お姉さんは人差し指を向ける。
そしてにこっと笑って首をかしげた。
「ね、貴方のお名前教えて?私は緑子」
「緑子さん……えっと、私は愛子です」
下の名前だけ告げられたので、私も下の名前だけ口にする。
そうしたらお姉さんは……緑子さんは、嬉しそうに満面の笑みを漏らした。
「緑子さんは、いつからこのお店やってるんですか?」
私が質問した途端、緑子さんの表情は不機嫌に変わる。
そしてわざとらしく大げさに、ため息を吐きだした。
「この店、私の店じゃないもの」
「……あ、そうなんですか?」
「私、古いもの、嫌いなのよ。それなのにあの人ったら、こんな店の留守番私にさせて」
“あの人”とは、旦那さんか彼氏だろうか。
言葉だけを考えれば親、親戚、友人などいろいろな可能性があるのだが、緑子さんの口調とその表情から、“愛する人”で間違いないような気がした。
不機嫌そうにため息つきながら、しかし白く細い手は“古い”テーブルを愛おしそうに撫でる。
そうして緑子さんは、視線を棚に並ぶキラキラした小物たちへと向けた。
「 迎えに来るって言ったくせに……。一体いつまで待たせる気?」
その言葉は、私にではなく、“あの人”に向けられている。
聞いていいものか迷ったが、私は思い切って口を開いた。
「緑子さんを待たせてるのは……」
なんとなく少し申し訳ない気もして、言葉尻が小さくなる。
緑子さんはゆっくり私に視線を移すと困ったように微笑んだ。
「愛する人」
たった一言そう言って一度目を伏せるようにした。
「あの小物達はね、あの人が贈ってくれたものなの。私の、宝物」
視線を棚の上へ向けると、緑子さんの宝物が一斉に輝いた気がした。
「私はこの宝物に囲まれて、あの人をずっと待ってるの」
ずっととは、どれくらい?
その質問はする事が出来なかった。
緑子さんの表情が、あまりにも切なく、寂しそうだったから。
「早く……来てくれると、いいですね」
「そうね。でもきっと、もうすぐよ」
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