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それから私は、学校帰りにその店へ立ち寄るようになった。
緑子さんはあの日と変わらず、とても美しく、そして手には使い捨てのハンディモップを持ち迎えてくれる。
“古い“テーブルにティーカップセットを置き、“古い”椅子へと私を座らせて。
緑子さんがぼんやりとキラキラの宝物を見つめる横で、私は緑子さんを見つめていた。
「……どんな人、なんですか?」
不意にそう言った私に、緑子さんは名残惜しそうに宝物から視線をはずした。
そして質問が聴こえなかったのか、僅かに首をかしげる。
私がもう一度同じ質問をすると、緑子さんはまた、宝物へと視線を移した。
「……とても……とても素敵な人」
ぽつりとつぶやくように。
それから緑子さんの視線は愛しい人を思いだすように宙を見つめた。
「身近なものをとても大切に扱う人で、私はずっとその大切なものになりたかった。
愛おしそうに触れる手に私も触れられたくて、いざそうなるととても恥ずかしくて。
だけど……コレ以上ないほど、幸せだった」
頬を染め目を伏せる緑子さんが綺麗で、眩しくて。
聞いてる私の方が照れてしまって顔が熱い。
1人困って視線を彷徨わせていると、緑子さんが悪戯に目を光らせて私を見た。
「愛子ちゃんには、そんな人いないのかしら?」
「え……えぇ!?い、いないですっ!そんな人!し、親友に彼氏が出来て毎日当てつけられますけどっ!わ、私はまだ!全然!!」
「あらぁ……勿体無い」
慌てて両手を振った私に、緑子さんは心底残念そうな顔をした。
「若いんだから、青春を謳歌しなきゃ、ダメよ」
言いながら、またふと宙を見つめる緑子さんの瞳には、大切な人しか映っていないようだ。
こうなっては既に私がいる事すら、忘れているのではないかと思う。
私はティーカップをそっと置き、鞄を手に、立ちあがった。
「ごちそうさまでした。また……来ます」
私の声は聴こえなかったのか。
「もう、待ちくたびれちゃったわ。……早く、迎えに来て」
宝物の向こうに愛する人を 見つめる緑子さんを、一度振り返ってからそっとドアを閉めた。
店先の看板を見上げる。
古ぼけたソレが揺れていた。
じっと見つめてから、一歩足を踏み出す。
途端、つむじ風が私の横を過ぎ去って、なびくスカートを押さえた。
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