バスケト・アプレ

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 1  そうして前が見えなくなっていたものだから、足を捻った。たちまちこの胸から、幾つもの林檎が離れていった。ぼくはため息を吐いてひとつ拾い、唇を冷やす為に口元に当てた。おもむろに振り向いたハンチング帽の先では、摩天楼(メトロポリス)から発されるレーザーライトが、夕闇を丹念に塗りつぶしていた。まるでそれが、カラメルを煮詰めているみたいだから。ぼくは、プリンのようにぷるぷると揺れて。  ――それが両翼に伝播した。  2   地球上最後の楽園。それが摩天楼だった。三重の入口を潜り抜けて辿り着く内部はいつだってQuietな香り。それはむせかえるような体臭のこと。ごつごつとしたお肉と、柔らかそうなお肉の折り重なった祭壇。その上で優雅に鎮座しているあの人は、今日も大きな羽根飾りを付けた、幅広の帽子の下にぼく達を認めると、無邪気な笑みを浮かべ、数え切れない程の果物を振りまいた。トップのみ秘められた乳房がその度に揺れた。彼女の肢体を覆うのはそれと薄いショートパンツのみで、その代わりと言ってはなんだけれど、腰に一丁のリボルバーを吊っていた。そのリボルバーは金色のとても煌びやかなもので、弾丸を五発まで装填できる。でもぼくは、彼女がそれを撃った姿を見たことがない。残りの四発はわからないが、最後の一発、あれは魔弾だと、昔バスケトが教えてくれた。  離れて路地裏。摩天楼には空気を清浄化する機械があって、始終それを稼動させているらしいけれど、全然空気が美味しくない。それに対して外気は甘く、伸び伸び。少しだけ気をよくしながら、廃墟と言うのも考え物に近い旧市街を除け除け、泳ぐように居住区へと戻る。あの人から貰った、甘酸っぱい林檎を抱いて。聞いたところによると、この林檎は、罪の象徴でもあるらしい。でも、こういう罪深い種族だったから、結局はこの星を駄目にしちゃったということ。国という概念が取り払われ、『悠久の箱舟作戦』が発動したのは、かれこれ一千年前のこと。それで全人口のうち、三分の一の人間が他の星に旅立った。そして残った三分の二は、この星と共に、最後までいることを選んだ。
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