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こうして一瞬現れた質量を持つ記憶が、ぼくの頭を撫でる。それが何だか気恥ずかしくて。ぼくは思わず身をよじってしまうけれど、それを後悔した時には、遅きに失している。記憶は既に霧散しており、代わりに残されたのは、一枚の静物画。
――その絵には、fruitsとそれを包み込むbasketとが描かれてある。ナナがゆっくりと歩いてきて、左隅を見る。みんなの中で、一番すらりとしたナナ。褐色の肌持つナナ。左隅のbananaは、ちょうどそんなように、熟している。メロもゆっくりと寄ってきて、左斜め後ろに目を細める。みんなの中で、一番穏やかなメロ。碧眼持つメロ。左斜め後ろのmelonは、ちょうどそんなように、のほほんと日に当たっている。パイもけほけほしながら寄ってきて、見るのは右斜め後ろ。みんなの中で、一番不思議ちゃんなパイ。黄色の肌持つパイ。右斜め後ろのpineは、ちょうどそんなように、ピカピカと光っている。
と、ピァチがぼくの左手を掲げ、無理やりぼくの胸に入り込んできた。みんなの中で、一番小柄なピァチ。桃色のほっぺた持つピァチ。けれどその瞳は、右隅のpeachではなく、ぼくの顔をまっすぐに捉えた。
「来て」
そしてぼくが被っていたハンチング帽を取り、胸に抱いた。はにかんだ。たちまち帽子に詰めていた髪が、ばさりと落ちた。「髪、結ってあげる」
それが何だか美しい旋律みたいだから、ぼくはにっこり頷いて、絵から離れる。中央のappleを、一目見たあとで。いつか肩まで届いてしまった、vividな赤髪を揺らしながら。
こうしてピァチがせっせと三つ編みに結ってくれている間、皆で囲んで林檎を食べる。もちろんピァチの座る場所は開けてある。そこは常にぼくの隣で、今は林檎が雪だるまになって死守している。と、そこで膝を立てながら林檎にかぶりついていたナナが、口を開いた。
「で、アプレ。見れたのかよ?」
それは、先程ピァチがしてきたのと全く同じ質問で。ぼくはちょっと考えたあと、やっぱりゆっくり頭を振った。「ううん、見れなかった」
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