失うもの・抱えるもの

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その奇妙な店は、とある県の政令指定都市からやや西側に位置するそこそこに大きな街の繁華街の片隅に、ひっそりと在った。 一見するとごく普通の一軒家であり、店を表す物…例えば、看板や暖簾など…が一切見当たらず、かといって表札も見当たらない一軒家だった。物騒な事が多い昨今では、表札も出さないような家は多いだろうが、店となれば話は別だ。 店の存在を示す何かが無ければ、客のきてが無い。 ところが。 全くの杞憂なのか、迷わず、店に入って行く客が後を絶たない。皆が常連という可能性は否定出来ないがしょっちゅう見る顔が居ないのも確かだ。無論、何度か見かけた客も居るから、常連が居ないとは言えないが。 店だという事は知っているが、外からしか見ていない為、一体どのような店なのか中は知らない。内装も店主も。店主が男か女かすら知らない。当然、年齢も背格好も名前すら知らない。それは、知る必要の無い事だから、と知らされていないからだ。 知っている事は、店がそこにある事。そして。 失くしたいものを失くせる、という事。 ただ、それだけ。
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