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しかし、この婦人にそう告げたところで、どうにかなるとも思えない。記憶を失いたい。そう告げて、分かりました。と笑顔で承知するとでも言うのか。
私が言われたら、人間、所謂黒歴史の一つや二つはある。と言うのが関の山だ。万が一、分かりました。じゃあ記憶を消しましょう。なんて私が言えば、ドン引きされるのは目に見えている。
この店は失いたいものを失う事が出来る、という事だが、おそらく不要な物で、処分し辛い物を代わりに処分してくれる店なのだろう。コンセプトが、失いたいものを失う、などと如何にも曰く有りそうで、怪しいから、うっかり来てしまったが、騙される所だった。茶を飲んだら適当な事を言って帰る事にしよう。
そんなことをツラツラ考えていたら、婦人が笑みを深めて意味有りげに視線を寄越した。
首を捻って、私は婦人を見る。
「お客様が失いたいものは、記憶、でしょう」
目を見開き、まじまじと婦人の顔を見てしまう。
「まぁ。そんなにじっと見られたら恥ずかしいですね」
婦人はコロコロと声を上げて笑う。バツが悪くなった私は、慌てて視線を逸らして、どうして分かりましたか? と、小声で尋ねた。
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