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「初めまして、美琴です」
軽い笑顔で簡単な挨拶を口にして、ソファに腰かける。
隣に座るのは、見た目50代くらいの眼鏡の男の人。
“優しそうな人だな”
ありきたりな表現だが、これが初対面の第一印象だった。
「美琴ちゃんっていうんだ?可愛いね。歳はいくつなの?」
「今年で26歳になります」
「若いねぇ」
ただいまの時刻、午後11時。
とっぷりと暗くなった寒空には、三日月が薄ら雲がかっている。
けど、私のいる部屋からは、空は見えない。
私のいる場所…ラブホテルには、空が見える窓がないからだ。
「本当に結婚してるの?」
「はい、一応… 本物の人妻ですよ」
「若くて可愛い奥さんがいるなんて、旦那さんは幸せだねぇ」
「うふふ。そうですか?褒められると照れちゃうな~」
積み上げられていく会話。
何人もの人と交わした、同じ会話。
何回も吐いた、嘘の会話。
今、私は“美琴”。
この会話は、美琴の会話だ。
本物の私、“明華(あすか)”は、結婚なんてしていない。
彼氏すらもいない、独り者だ。
嘘の名前を名乗って、
嘘の経歴を言って、
嘘の笑顔を作る。
何故なら、私は「デリヘル嬢」だから。
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