第一章 -隣にいて-

4/7
前へ
/12ページ
次へ
「ただいま~」 朝よりも数段低い声で、由紀人が帰宅を告げる。 「おかえり。ご飯出来てるよ」 「ありがとう。でも先にシャワー浴びてくるね」 リビングのテーブルの上には、もうお皿が並べられている。 …ご飯が冷めちゃうとか、そういうことは気にしてくれないんだね。 彼が浴室に入ったことを見届けて、ケータイを開く。 美琴のお仕事の日程を決めないと。 空いている日、空いている時間で出勤願いをLINEで送る。 すぐに既読がつき、「了解」と返事が来る。 由紀人、少しだけでいいから、考えた方がいいよ。 フリーターの私が、あなたからお金を受け取っていない状態で、 なぜ普通の暮らしができているのか? なぜ家賃5万円のところに住めているのか? なぜあなたに支払いを求めないのか? あなたに隠していることがたくさんあるからだよ。 LINEのトークルームを削除して、ご飯を温め直す。 きっともうすぐ出てくるんだろう。 シャワーを浴び終えた由紀人は、髪が濡れた状態のまま、 部屋着を着てテレビをつける。 「はい、お待たせ。」 「うん、ありがとう。いただきます」 「いただきます…」 テレビは、私の背中側。 愉快な笑い声が前後両方から聞こえてくる。 …残念ながら、会話はない。 「今日仕事どうだった?」 「明日は仕事なの?」 「私はね、お昼からバイトだよ」 「今度の日曜日、どこか出かけようか」 以前は、そんな会話をよく繰り返していた。 けど、今はもうしない。 なぜでしょう?
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加