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佐久間さんの店に行った翌日。
俺は少し早めに登校して、学校の周りを走った。
買い取ってもらっても心拍数は減らないとわかったから、心肺機能を鍛えることにしたのだ。
「おはよう。伊月、どうしたの?」
校門の前でバッタリ芹香と出くわしてしまい、荒い呼吸を無理矢理抑え込んだ。
「本番までに体力つけておこうと思ってさ」
適当な言い訳をしたが、実際、演劇は見た目よりも結構ハードだ。部活でだってランニングや腹筋運動をする。
「そっか。私も一緒に走ろうかな」
トロ臭い芹香と一緒に走ったら、転ぶんじゃないか、車に轢かれるんじゃないかと気が気じゃないだろう。
でも、そんな2人きりの時間が持てたら最高だな。
どんなにドキドキしたとしても。
「じゃあ、明日から一緒に走ろうか。アニソンでも歌いながら」
「ふふ。楽しそう」
芹香の笑顔が眩しくて、俺は視線を外した。
「伊月? そういえば昨日の帰り……」
「え?」
言いかけてやめた芹香の顔を覗き込んだ。
「ううん。なんでもない」
一瞬、寂しそうな顔をした芹香が、昨日俺と佐久間さんを見かけて2人の仲を誤解したことを知るのは、ずっと後の話。
「今日はいよいよラストまでやるね」
芹香の言葉にドキッとした。
そうだ。今日はラストシーンまで練習することになっている。
つまり、芹香と手を繋ぐということだ。
「ああ。頑張ろうな」
俺に限って言えば、演技を頑張るんじゃない。
平常心を保つこと。……至難の業だろうけど。
今日も朝から俺の心拍数は急上昇。
でも、いつか芹香を振り向かせることが出来たなら。
その時は2人の鼓動をシンクロさせよう。
この心拍が止まるその日まで。
END
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