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「あれあれ? もしかしてお客さんですか?」
なんだろう。この女性のゆるふわな感じは。
ただの留守番? 奥から強面の男が出てくるのか?
「ここ、心拍数専門の買取店ですよね?」
「えっと。ご来店の前にお電話をって書いてあったと思うんだけど」
そういえば、ホームページにそんなことが書いてあったような……。
「すみません! 予約制だったんですね。出直してきます。ていうか後で電話します」
頭を下げた俺に、彼女はヒラヒラと手を横に振った。
「いえいえ。大丈夫ですよ。ただ、これからデートだったもんで、ちょっと電話させてください」
恐縮する俺を他所に、彼女はすぐに電話をかけた。
「ゴメン。終わったら電話するから」
甘えたような表情は相手が恋人だからだろう。
いつか、芹香も俺にこんな顔を見せてくれたら。
ああ、想像しただけでドキドキする。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
女性に導かれるまま、俺は店に足を踏み入れた。
そこには、対面式のソファーと事務机が1つあるだけ。
予想していた医療用ベッドも機材も見当たらない。
「デートの邪魔してすみません」
もう一度頭を下げてから、茶色のソファーに腰掛けた。
「せっかくのお客様ですもの。逃がすわけにはいきません」
にっこりと微笑んだ女性のセリフに、思わず逃げ出したくなった。
「あの! 痛いことは嫌なんです。ど、どうやって心拍数を取るんですか?」
怪しい怪しいとは思っていたけど、それは詐欺やなんかの心配で。
”なんとか商法”で何かを売りつけられるとか、そんなことを懸念していただけだった。
でも、さっきのセリフで別の次元の不安が噴き出した。
もしかして臓器密売? 俺の心臓を生きたまま取り出すのか?
クスッと笑いを零した彼女に慄いた。
「あれ、キャッチーなコピーだったでしょ? 『心拍数、買い取ります!』って。心筋梗塞や高血圧で心拍数の増加が気になるのなら、病院へ行きますよね? あれを見てこの店に来るということは、病気以外の理由で動悸が激しくなっているということだと思うんです。私はその理由を知りたい。それに対してお金を支払うということです。だから、お客様はただ話をしてくださるだけでいいんです。痛いことなんて何もしません」
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