第一章 奇妙な店

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その奇妙な店は深夜一時になると開店する。そしていつも人知れずにひっそりと閉店してしまっているので明確な営業時間などはよく分からない。 所謂、閉店時間は店の都合というか、店主の気紛れによるというか、そんな感じの曖昧な店なのだ。そんな経営なのに不思議と客の出入りは少なくはなかった。そして今夜もまた、その時間が近づいてきたのである。 いつからか、僕の日課のようになった週末のこの夜。いつものように二階のベランダに出てはぼんやりと道向かいのその店を眺めていた。 手作りの小物でも売ってるかのような見栄えの店は決して派手とは言えず、それでいて小さくはないが決して大きくもないという、一言で言えば 知らない人は店の前を素通りしてしまうような、そんな感じのおとなしい外観の店であった。 出入口は引き戸になってるのだが、中には仕切りがあって外からでは店内の様子は分からない。昼間、店の前を通る時に何度もガラス窓に額をくっつけてみたが、仕切りの奥が覗けるような隙間は全くなかった。 そのような理由で何をやってる店なのか未だに分からないのだが、引き戸の上の看板には「都合の良い店」と書いてあるので、何かの店であることだけは間違いないのである。 もっと詳しく知りたいと思い学校の友達に聞いてみようと思ったこともあったが、今まで一度たりとも話題に上がらなかったことを考えると、どうやら自分だけが知ってるようで、そう思うとこの店のことを他人に教えるのが勿体ないような気持ちになって、何となく今日まで至っているのである。 そんな店がいよいよ開く時間になった。木製の板で作られた「都合の良い店」の看板に灯が入る。ぼんやりとした白色の蛍光灯に照らされた黒い文字が闇に静かに浮かび上がると引き戸の磨りガラスの向こうに人影が動いた。どうやら出入口のカギも開いたようだ。 最初の客は開店から20分ほど経ったところでやってきた。遠目なのではっきりとは分からないが、大人の男性と小学生くらいの女の子に見えた。こんな時間だが子供が来るのは珍しくはない。それどころか大抵は子供連れなので最近では馴れてしまって驚くこともしなくなった。 またぼんやりと次の客を待つ。深夜に人の動きを見るのは意外と面白いもので、同じ人間なのだが昼間と深夜では別の生き物に見えるからなかなか飽きないものだ。
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