5. Make it, O.K.

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*  宗太郎が青春── 高校時代を過ごした街。  とは言え、陸上競技の練習のために通っていたようなものなので、街に出て遊んだ。などという思い出は数える程度だ。  どこにどんな店があるのか。当時でさえそんなに知らなかった宗太郎が、現在のこの街の状況を知る由もない。  なるべく小さく、そしてもの静かで庶民的で個人経営の、いわゆる昔ながらの喫茶店。  そんな宗太郎の指示どおりの店を、美津子は見つけ出してくれた。  街の目抜き通りから1本細い路地に入った2階に、そのジャズ喫茶はひっそりと佇んでいる。  土曜日の昼下がり、4人掛けのテーブル席に並んで座る宗太郎と美津子のほかに客はいない。  カウンターの向こうでは白髭の老人が、陶酔するように目を閉じて店に流れるジャズにあわせて小さく首を横に振り続けている。  カランコロン  裏打ちの心地よいジャズのリズムを遮るように、入口のドアに付いている小さなカウベルが鳴って、同世代くらいの青年が店に入って来た。  客が宗太郎達1組しかいないことに、そして宗太郎の隣に、まるで花束のように佇む美しい女性にすぐに気付き、近付いて来る。  どこかソワソワしている美津子と、肝が据わったように構える宗太郎が対照的だ。  今から始まる修羅場を控え、怯えているような美津子。なんとか宗太郎と現れた青年の自己紹介を促す口上を述べる。  ゴメンね、美津子ちゃん。こんな場所に同席させて…… 美津子の緊張が手に取るように伝わって来る。  しかし宗太郎の作戦に、美津子の同席は必須であったのだ。  これは美津子ちゃんの取り合いなんかじゃない。僕の── ウチの会社のビジネスの話なんだ。  対象であるFM局の社員という立場で、ぜひそこにいて欲しい。と宗太郎は美津子を説得した。  作戦どおり美津子は宗太郎のことを「高校時代の同級生」とだけ紹介する。  ゴメンね、美津子ちゃん。あとは全て僕に任せて。
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